本記事は、医師・病院と患者をつなぐ医療検索サイト「メディカルノート」に掲載されている内容を転載したものです。
患者さんを見捨てない。“その日のうちに結論を出す”をモットーに
――旭川医科大学病院の総合診療部の特色
体調が悪いけれど原因が分からない、どの診療科を受診すればよいのか迷う。そのような患者さんのニーズに応えるために、北海道旭川市にある旭川医科大学病院では総合診療部を設けています。同診療部では“その日のうちに結論を出す”ことをモットーにしているそうです。それはなぜなのでしょうか。
今回は、旭川医科大学病院 総合診療部 部長の奥村 利勝(おくむら としかつ)先生に同診療部の特色や大切にしている考え方などについてお話を伺いました。
診療の窓口として方向付けを行う総合診療科
何科を受診すればよいか分からない場合に受診を
私は、医療機関ごとに総合診療科の位置付けは異なると考えています。当院のような大学病院を含む総合病院の例をお話しすると、通常、内科は1つではなく、循環器内科、消化器内科、血液内科、糖尿病内科というように細分化されています。患者さんはご自身の症状に合わせて、消化器内科や循環器内科など該当する診療科を選択して受診されると思います。
しかし、内科の範疇ではあるものの、患者さんがどの診療科を受診したらよいか分からない場合や、医師がどの診療科に紹介すべきか決めかねる場合もあります。このようなときに、方向付けを行うのが総合診療科の役割だと考えています。
患者さんは、自分が何科を受診すればよいか分からない場合に、まずは窓口として総合診療科を利用していただくとよいでしょう。
大学病院の総合診療科を受診される患者さんの例
当院のような大学病院は、基本的に紹介状を持参した患者さんを診るところですから、ほかの病院で原因を特定できなかった患者さんを紹介される場合がほとんどです。たとえば「お腹の調子が悪い患者さんをいろいろと調べたが答えが出ないので、見過ごしている病気がないか診てほしい」と、紹介されることがあります。
患者さんが総合診療科を訪れるタイミングはさまざまですが、症状が現れてすぐに受診されるケースは少ないかもしれません。中には、発症から数か月以上経って受診される患者さんもいらっしゃいます。症状は千差万別で、目眩や腹痛、発熱などがあります。
例外的に院内のほかの診療科で原因が分からなかった場合や、患者さんご自身がメディアをご覧になって「一度総合診療科で診てもらいたい」と希望し来院される場合もあります。
旭川医科大学病院 総合診療部の特徴
北海道旭川市の規模や地理的な要因により、当院は大学病院でありながら地域の中核病院のような役割を果たしてきました。旭川市内に限らず、近郊の市町村のクリニックや診療所からの紹介で来院される患者さんが多いのが特徴です。
診療体制――“可能な限りどんな患者さんも診る”が基本
当院の総合診療部では、現在私を含め4名のスタッフで診療にあたっています(2022年6月時点)。患者さんそれぞれの背景や日々の暮らしの様子にもよく耳を傾け、どんな小さな点も取りこぼさない姿勢を大切にしています。患者さんのお話には、病気に関係する大事な情報が隠れている場合もあるからです。中には、救命救急センターの当直を担当し救急医療に精通している医師もおり、“可能な限りどんな患者さんも診る”という精神が基本にあります。
診療の流れ――その日のうちに結論を出すために
私たちは“その日のうちに結論を出すこと”を心がけています。北海道はとても広いので、必ずしも当日家を出て来院される方たちばかりではありません。中には、100km、200kmという遠くから来院される患者さんもいらっしゃいます。大変な思いをして遠方から来院される患者さんへ、その日のうちにできる限りの診断をお伝えしたいという強い思いがあります。また、日をまたぐと悪化する病気が隠れている場合もあるので、大まかにでも結論を出すようにしています。
まずは患者さんのお話をしっかりとお聞きしたうえで必要な検査を行います。より専門的な検査が必要と判断した場合には、院内の各診療科の医師にも協力してもらい、なるべくその日のうちに診断をつけるよう努めています。
旭川医科大学病院 総合診療部の主な診療内容
女性医師が対応する“女性総合外来”
当院では、女性医師と女性看護師が対応する“女性総合外来”を設けています。男性医師にはなかなか相談しづらい女性特有の病状などを診てもらうことができます。病歴などのプライバシーを保ってほしい、症状が複雑なのでゆっくり落ち着いて話を聞いてほしいといった患者さん一人ひとりのニーズに応えたいという思いで診療を行っています。
ストレスなどを原因とする病気の診療
私は、脳と腸の関係を明らかにする“神経消化器病学”を主な研究分野としてきました。そのため、ストレスなどが原因で起こる消化器の病気の診療にも力を注いでおり、実際に過敏性腸症候群∗などの患者さんが受診されることもあります。
私が医師になったばかりの頃、ストレスと胃潰瘍∗∗や過敏性腸症候群の関連について熱心に研究している上司がおりました。私も診療していく中で、この先生の考えに賛同するところが多かったのですが、当時はそのメカニズムを科学的に証明することが十分ではない状況でした。そのときから「脳と腸の関係をなんとか明らかにしたい」という思いに突き動かされて現在まで研究を続けてきました。脳と腸の関係性をより深く理解し患者さんの苦しみを少しでも和らげたい、そう思いながら日々診療にあたっています。
胃腸の不調の原因は実にさまざまです。患者さんご本人も説明できないようなストレスや心理的な問題が隠れている場合もありますし、現代の医学ではまだ解明されていない病気や見過ごされているまれな病気の可能性もあります。たとえば腹痛の場合には、原因を突き止めるために問診でどのようなときに症状が現れるのか、そしてどのようなときに痛みがよくなるのか詳しくお伺いします。食事や体を動かすことと関連していると分かると診断が絞られてくるケースもあります。さらに、思い当たるような原因があったり、ストレスや精神的な状態が影響していたりしないか、目の前の患者さんがどのような環境や考えのもと暮らしてきたのか、お聞きすることも重要です。
また、精神的な要因だと思われるような場合でも、まれな内科の病気が隠れていることもあります。専門医が詳しい病歴を患者さんから伺ったり、特殊な検査を行ったりしないと分からないケースもあるのです。さまざまな可能性を考えて納得がいくまできちんと調べ直し、患者さんの症状の背景をきちんと探っていくことが重要だと考えています。
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- 過敏性腸症候群:腫瘍や炎症などの病気がないのに腹痛や排便に異常がみられる状態が長期間続く病気。
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- 胃潰瘍:胃の粘膜が胃酸や薬剤により深く傷ついてしまう病気。
診療のモットー――病気ではなく人を診る
患者さんに向き合う姿勢を大切に
当院を受診される患者さんの症状はさまざまです。ストレスや心理的な問題が関係していると感じる場合には、診断の突破口になることもあるので「話したくないことはいいですよ」と必ず前置きをしたうえで、できるだけ詳しくお話を伺うようにしています。
患者さんがお話ししてくださる一つひとつのエピソードやお気持ちの中に、症状と関連のあるヒントが隠れている場合もあるわけですから、お話を決してスルーしないように注意しています。気になる点があれば、背景にストレスなどが関係していないか確認するよう心がけています。
医師として心がけていること
私の恩師は「病気だけを診るのではなくて、人を診なくてはいけない」ということを教えてくれました。新米医師だった頃の私は、その先生の下で筆記係としてカルテの記載や処方箋の作成を手助けしていたのですが、先生は症状だけではなく暮らしぶりなどを含めさまざまなことを患者さんに聞いておられました。その様子を数年間自分の目で見続けたことが、今、総合診療に従事するうえで役立っています。
当院の総合診療部にいらっしゃる患者さんの多くは、何軒もの病院にかかっても原因が分からなかった方々です。「先生にまで原因が分からないと言われたら、もう私は行くところがないんです」と訴える患者さんもいらっしゃいます。医師として、そうした患者さんを見捨てたくない、という強い気持ちが診療に携わる原動力になっています。もちろん経過を確認しないと発見できない病気も存在するので初診で解決できないケースもありますが、様子を見ていく中で患者さんと一緒に原因を探っていきたいと考えています。
思い出深い患者さんとのエピソード
特に印象に残っているのは、10年近く過敏性腸症候群と言われ続けていた患者さんがほかの医療機関からの紹介で来院されたケースです。治療をしても改善しないということで、紹介されて当院にいらっしゃいました。
これまでの経過などを詳しくお聞きしたところ「子どもの頃から月に一度のペースでよく熱を出していた」と話してくれました。これを突破口に調べた結果、数か月後、家族性地中海熱∗との診断がつきました。
はっきりと病名が分かり、よいお薬があったため、その後順調に治療が進んでいきました。一般的にはほとんど知られていない希少疾患だったので、長い間つらい思いをしてこられた患者さんとそのご家族から「原因が分かって安心した」という言葉を聞いたときは本当によかったと思いました。原因が明らかになることによって気持ちが救われる患者さんがいらっしゃるという現実に、総合診療の必要性を再認識しました。
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- 家族性地中海熱:発作性の発熱と腹痛を繰り返す遺伝性の自己炎症性疾患。
若手の総合診療医を育成する場でありたい
総合診療科はほかの科と違い、原因が明らかになっていない患者さんたちのお話を聞いたり検査をしたりして道筋をつけていく診療に携わることができます。若い医師たちが、しっかりと患者さんに向き合い話に耳を傾けるような診療経験を積むことができる教育の場でもありたいと思っています。
現在、当院では総合診療専門研修プログラムを設け、大学と地域の医療機関が一体となって総合診療医の教育に力を入れています。実際に研修を終えた医師からは「さらに若手の総合診療医の育成に関わりたい」という声も上がっており、この分野における若手医師育成のニーズに応えることができていると実感しています。
総合診療医には、守備範囲を自分で制限しない姿勢が必要です。どんな症状でも、どんな病気の可能性があってもまずは受け止め、さまざまな原因を想定しながら患者さんと向き合っていく、若い先生方にはその姿勢を大事にしてほしいと思っています。
奥村先生からのメッセージ――不安や不調から抜け出す第一歩になる可能性も
「長い間診てもらっているが症状が改善しない」「原因が分からないままで不安だ」など、現在受けている診療に満足できていない場合は総合診療科の医師を紹介してもらうこともお考えください。
「お世話になっている医師にほかの病院を紹介してほしいとお願いするのは気が進まない」というお気持ちもよく分かりますが、セカンドオピニオンとして総合診療医の意見を聞くという患者さんの権利もあります。総合診療科の受診が長年の不安や不調から抜け出す第一歩になる可能性もありますので、ぜひ前向きな気持ちで来院していただきたいと思っています。