急性腹症に潜むAHP 病院総合診療医の取り組み事例

本記事は、医師・病院と患者をつなぐ医療検索サイト「メディカルノート」に掲載されている内容を転載したものです。

外来・ER・入院の3部門で地域のニーズに応える医療を

――福岡大学病院総合診療部の取り組み

左から吉田 圭希先生、鍋島 茂樹先生、加藤 禎史先生、岡崎 裕子先生
吉田 圭希先生、鍋島 茂樹先生、加藤 禎史先生、岡崎 裕子先生のお写真

原因不明の症状が続いている、急に体の調子が悪くなった、病気の診断がつかなくて困っている……。どの診療科に行けばよいか分からなくて困っている患者さんを受け入れ診察するのが、福岡大学病院総合診療部です。同院 教授 鍋島 茂樹(なべしま しげき)先生、病棟医長 加藤 禎史(かとう よしふみ)先生、岡崎 裕子(おかざき ひろこ)先生、吉田 圭希(よしだ けいき)先生に、総合診療部の特徴や取り組み、診療体制、そしてその役割などについて伺いました。

福岡大学病院総合診療部の特徴

外来・ER・入院の3部門を設けて多様な患者さんを受け入れる

福岡大学病院 外観
福岡大学病院 外観の写真

鍋島先生福岡大学病院総合診療部は2005年に大学病院内に新設された診療部門です。設立当初は外来診療のみを行っていましたが、2022年現在は外来診療とER(救急診療)、入院(病棟診療)を行っており、合計3部門でさまざまな状態の患者さんを受け入れています。外来のほとんどは他院からの紹介で、外来には一般外来のほか、新型コロナウイルス感染症の後遺症に悩む患者さんを診る“COVID-19フォローアップ外来”と、漢方外来があります。また、ERは可能な限り断らない方針を掲げて患者さんを受け入れています。入院については、外来通院から移行するケースと、他院に入院している方の容体が急変したなどの理由で転院されてくるケースがあります。

鍋島 茂樹先生
鍋島 茂樹先生のお写真

このように窓口が1つではない部門のため、来院される患者さんの状態も千差万別です。具体的な例を挙げると、外来には不明熱をはじめ、関節痛や筋肉痛、ふらつき、頭痛、腹痛などを訴える方が比較的多い印象です。これらの症状が続いているものの、地域の医療機関を複数受診しても診断がつかない患者さん、複数の診療科をまたいでの検査が必要な患者さんもいらっしゃいます。救急では、肺炎、意識障害、自殺未遂、外傷(私たちは内科系の医師ですが、外科的治療が必要な患者さんも受け入れます)、心不全、発熱など、非常に多彩な症状の患者さんが運ばれてきます。

加藤 禎史先生
加藤 禎史先生のお写真

加藤先生当部では、それぞれの医師が一般外来・ER・入院の3部門全てを担当します。一般外来は曜日別に外来担当日が割り振られており、ERも同様に鍋島先生を含めて一人ひとりが担当を持ちます。この体制下で皆が各部門の診療を経験しているため、有機的な連携が可能です。たとえば、一般外来に来られた患者さんの容体が急変したときには、より重症な患者さんを診る設備が整ったERへ運んで診察を行ったり、外来やERで入院が必要と判断した患者さんは即座に入院準備を進めたりと、柔軟な診療を行えるように工夫しています。

内科診断学を重視し、対話の中で診断を行う

鍋島先生総合診療医は“内科診断学”をもっとも大切にすべきだと考えています。内科診断学とは、患者さんのお話をしっかりと聞いたうえで体の状態を診察し検査などを行うことで、出現している症状の原因を分析、判断する学問です。診断がついていない患者さんや複数の病気を合併している患者さん、急激に体調が悪くなった患者さんは典型的ではない症状が出現する場合もあります。そのため総合診療では、患者さんが現在どういった状態なのかをきちんと読み取ることから始めなければなりません。ここで必要になるのが、内科診療における基礎である内科診断学の知識です。

また、当部では漢方医学が内科診断学の一部であるという考えのもと、日常診療に漢方を取り入れています。漢方薬は不調のもととなる“体のバランスの崩れ”を調整するために処方されるため、原因がはっきりしない身体症状症や機能的疾患(機能性ディスペプシア、過敏性腸症候群、片頭痛など)に対しても治療が可能です。一人ひとりの患者さんの困り事や症状を考慮し、薬の副作用などで西洋医学的な治療が難しい場合なども諦めずに対処法を見つけていくことが大切だと考えています。

受診のタイミング――地元の医療機関で診断がつかない症状は相談を

鍋島先生原則的に受診には医療機関からの紹介状が必要です。現在お困りの症状がある場合、まずは近隣の医療機関にご相談ください。そこで診断がつかない、あるいは詳しい検査が必要と言われた場合に当院を紹介していただくとスムーズに受診が可能です。どうしても最初から福岡大学病院総合診療部で診てもらいたいという方は、当院地域医療連携センターにご連絡ください

紹介状なしで受診する場合は、初診5,500円(税込)、再診2,750円(税込)の選定療養費が発生します。

地域の患者さんのニーズに応えつづけるための取り組み

他科と連携し、24時間体制で受け入れる救急医療

福岡大学病院総合診療部 集合写真
福岡大学病院総合診療部 集合写真

鍋島先生地域において当部が担う最大の役割は、先述したERだと考えています。突然容体が悪くなった、痛みが増してきた、熱がある、精密検査が必要になった、診断が難しい――。こうした患者さんが、近隣地域の医療機関から紹介されてきます。「何とかしてほしい」という地域にお住まいの患者さん、ひいては地域医療機関のニーズに応えるため、どのような症状の患者さんであっても24時間365日体制で可能な限り受け入れるようにしています。

加藤先生総合診療部がERに対応していることは、他科との連携という側面でも大きな意味があると思っています。通常、一般的な相談で他科との連携を取る際には外来の時間内にコンサルテーションを実施しますが、夜間の場合はそのようなわけにはいきません。

ただし、当院の場合は各科の医師が夜間当直をしており、専門分野が異なる医師たちが昼夜を問わずERにいるので、緊急時には直接電話などでコミュニケーションを取ることが可能です。このため、横のつながりが強く非常に連携が取りやすい体制で、他科の先生方と一緒に患者さんを診ることも珍しくありません。

一般的に大学病院は役割や担当が明確に分かれている傾向にありますが、当院はどちらかというと、より臨床の前線に近い市中病院や地域の中核病院のような一面を取り入れているといえるかもしれません。

特定の専門にとらわれない総合診療医の教育で地域医療を支える

鍋島先生総合診療医は地域の医療機関からのニーズがある一方で人手不足が続いており、将来の地域医療の担い手となる総合診療医の育成は喫緊の課題の1つです。そのため、当部は若手内科医に対する教育を積極的に行っています。

当部の体制では、一般外来で診断が難しい病気や複合疾患を診るだけでなく、ERでより緊急度の高い急性疾患の診療や入院診療にも携わるため、多様な症状への経験を積むことが可能です。

そのほか、往診を行っているクリニックに“外勤”という形で当部の若手医師を派遣し、在宅診療に貢献しながら経験を積んでもらうという取り組みも行っています。病院のように設備が整っていない患者さんのご自宅に伺い、さまざまな病気を診る在宅医療は総合診療のノウハウが求められる分野でもあります。この取り組みを通じて、より多くの知識と経験を持つ総合診療医を育成し地域に送り出すことで、長期的に地域医療を支えていきたいと考えています。

加藤先生福岡大学病院総合診療部の医師に共通する大きな特徴は、皆が“専門にとらわれないマインド”を持っていることです。特定の領域に限定されず、外来・ER・入院の3部門に対応するため、変化する状況に対しても即応性があり、柔軟性を持って診療に臨むことができます。

たとえば、2020年の春頃に新型コロナウイルス感染症が日本で伝播し始めたときは、福岡大学病院全体の診療が著しく混乱しましたが、その中でいち早く臨床の対応に動いたのは総合診療部でした。また、病院が新型コロナウイルス感染症対策として複数の診療科によるチームを結成した際は、当部医師が当時新設されたコロナ病棟の病棟医長となってチームを先導しました。さらに、発熱外来の拡充や発熱患者さんの診療も変化していく中で、総合診療部が中心になって対応を行いました。

今後も時代の流れに沿って医療に求められるニーズは変化し続けるでしょうから、専門にとらわれないマインドを持って即座に対応していけるポテンシャルは、将来的にさまざまな場面で強みになるのではないかと考えています。

病気の原因を見つけるために――日常診療での着目点

“腹痛”の症状から原因を見つけるには

問診でお伺いすること

診療の様子
診療の様子の写真

加藤先生古典的ですが、腹痛発現の状態、性状、程度、部位、随伴症状、経過、食事摂取や排便との関係、などの情報を網羅的に問診で得ることが腹痛の診察では必須になると思っています。腹腔内には消化器領域のみならず、循環器領域、泌尿器領域、産婦人科領域などの多くの臓器が密集していることに加えて、神経や筋肉由来の疼痛も起こり得ます。また、精神疾患に起因する腹痛もあるので、初期には鑑別すべき病気が膨大になります。そのため、はじめに問診や身体診察をしっかり行い大まかな方向性を見極めなければ、診断に必要な検査を選んで実施することすら困難な場合も多いと思います。

腹痛で受診し、原因がお腹以外にあった患者さんの例

胃・十二指腸・胆嚢・膵臓などの内臓器官自体が原因でない腹痛に遭遇することは多いです。たとえば、検査で異常がない腹痛として受診され、数日後に疼痛部位に一致した皮疹が出現して帯状疱疹による神経痛と判明することは外来でも時々経験します。また、慢性的に原因が不明であった腹痛が、腹壁に分布する神経が腹筋で締め付けられて痛みが起こる“前皮神経絞扼症候群(ACNES)”という病気であったこともあります。急性副腎不全という内分泌の問題が原因で腹痛が起こっていたこともありました。

原因を突き止める具体的なポイント

腹痛の原因は、一般的な検査では異常を認めないものも決して少なくないので、方向性を定めずにただただ広範囲に検査を繰り返しても診断にたどり着けないというケースをよく経験します。鑑別が多岐にわたる腹痛の診断をいきなり決定することは難しいケースも多いので、まずは痛みの特徴からその由来を推定し、大まかに原因を絞っていくという作業が、特に一見して原因が分かりにくい腹痛の診断では非常に有効だと考えています。

内臓に分布する神経と、腹膜や皮膚に分布する神経は種類が異なるので痛み方も異なります。関連痛といって、特定の臓器由来の痛みが体表面の一定の領域に投影されることがあるということも知られています。また、神経自体が直接障害されることによる痛みや、筋肉や筋膜の炎症による痛みもそれぞれ特徴があります。

痛み自体の性状から得られる情報の価値は大きく、腹痛の原因を突き止めるための近道だと思います。鈍く、不快で、広範囲かつ局在がはっきりせず、痛みに波のあるような腹痛であれば、消化管由来の内臓痛(疝痛)と判断します。さらに、嘔気や食欲不振などの自律神経症状、手足のしびれなどの末梢神経症状、不安やうつなどの中枢神経症状を伴っていれば代謝性疾患や内分泌疾患など全身性の病気が鑑別に挙がり、若い人が原因不明の腹痛を慢性的に繰り返している場合などは精神疾患や遺伝性疾患の可能性も考慮します。こうした情報を組み合わせていけば、たとえば急性肝性ポルフィリン症のようなまれな病気であっても、早い段階でイメージして検査を行うことができる可能性があると思います。

患者さんの気持ちに寄り添い、会話の中から診断の糸口を見つける

岡崎 裕子先生
岡崎 裕子先生のお写真

岡崎先生日々の診療で重要視しているのは、“患者さんの不安を解きほぐすこと”です。当院に紹介されてくる患者さんは、なかなか診断がつかなくて不安がっている状態のことが多いため、「あなたが不安に思っていることを私も分かっています」「あなたが原因を突き止めたいと思っていらっしゃるのと同じくらい、私も原因を探したいと思っています」という医師としての思いを最初にお伝えするようにしています。

また、不調の原因を探すときに私が注目している点は“患者さんの日常生活にどのような影響が出ているか”です。歩行をするときにふらつきが出る、テレビを見ているときに症状が起こりやすいなど、具体的な要素を会話の中で言語化していくと、その中から診断の糸口が見えてくることがあります。患者さんと会話すること自体が楽しいですし、何気ない会話の中に診断のヒントが隠されていることは総合診療の面白さでもあると思っています。

見逃しを防ぐため、あらゆる可能性を捨てずに考える

吉田 圭希先生
吉田 圭希先生のお写真

吉田先生1つの診断がついている方に対しても、ほかの病気が潜んでいる可能性があることを念頭に置いて診るようにしています。特にご高齢の方の場合、不調の原因が1つとは限らず、複数の臓器に異常があったり、複合疾患を抱えていらっしゃったりすることが珍しくありません。そのため、1つだけしっかりと診断基準を満たす病気があったとしても、すぐにほかの病気の選択肢を消さないように心がけています。

一方、早期段階で受診された方の中には、症状はみられても病気の診断基準を満たさない場合もあります。しかし、外来でフォローアップを続けていると、やがて診断基準を満たすようになり早期治療につなげられるケースもあります。

数ある選択肢を消さないように意識することで、見逃しが起こらないように努めています。

総合診療にかける思い――実際の経験から学び、大切にしていること

岡崎先生まだまだキャリアが浅い立場からのお話にはなりますが、総合診療医として大切なことは、医師である自分自身が諦めない姿勢を持つことだと思っています。先述したとおり、複数の医療機関を受診しても診断がつかず、医療に対して不信感を抱いている患者さんも時折いらっしゃいます。そのような方に対して私たちが諦めたような対応をしてしまうと患者さんも治療を諦めてしまうかもしれません。ですから、患者さんに「私も諦めずに治療を受けよう」と思っていただけるような姿勢を持つことが、とても大事だと思っています。

以前、総合診療医として原発巣が不明の転移がんの患者さんを診る機会がありました。実は個人的にがんが苦手分野であったため、かなり慎重に勉強を積み重ねてから患者さんと接しました。適切な治療を見つけることは難しくても、疼痛コントロールを行ったり、残された人生の生活の質(QOL)をよりよくするための多職種協議に参加したりしたことによって、結果的には患者さんに感謝していただけたことがありました。自分が苦手に感じていたがんという病気の診療を、患者さんを通じて克服できた瞬間であり、今でも忘れられない経験の1つです。

今後も、さまざまな病気の患者さんに対して適切な医療を提供できるように日々勉強を積み重ね、苦手だから・専門外だからといって断ることがないように精進したいです。

吉田先生昔から私の中の医師像は、“1人の患者さんを網羅的に診る人”だったので、1つの専門分野にとどまらず診療を行う点に魅力を感じて総合診療医への道を選びました。そのため、総合診療科医になったときから、どのような患者さんに対しても多角的に診察し、さまざまな可能性を考えることを大切にしています。

過去に、身体診察所見や血液検査、内分泌機能などに一切異常がないにもかかわらず、急に高血圧になってしまった患者さんを診察したことがあります。その方はすでに他院で降圧薬を処方されていたので高血圧の原因精査を行いつつ薬の量を調整しながら経緯を伺い、ご自宅での血圧測定を含めて細かく血圧の変動をみていくことにしました。すると、血圧が高くなり始めたタイミングは丁度、新型コロナウイルス感染症が流行しだした時期だったことが分かりました。さらに詳細を伺うと、その頃から生活への不安が強くなり少しの血圧の変化にも大きなストレスを感じていたこと、不眠傾向になり睡眠薬を飲んでいたことなどが分かってきました。これらのことから精神的な要因で高血圧となっている可能性を考慮し、精神科とも連携して処方薬を調整し不安へのアプローチをした結果、患者さんの血圧は正常値に戻り、降圧薬もほとんど服用する必要がなくなったのです。このとき、日々の診察で患者さんの話を聞き、最後までいくつかの選択肢を捨てないことがいかに重要なのかを再確認しました。

福岡大学病院総合診療部は上述したケースのみならず、外来やER、病棟での多様な経験を積める環境ですので、今後はよりいっそう総合診療に対する知識の幅を広げるとともに、自分が関心のある分野を探求していきたいです。

先生方からのメッセージ

加藤先生総合診療という分野が日本で確立してからまだ日は浅く、ほかの診療科に比べると認知度が低いため、患者さんも“総合診療科”という科がどのような病気を診るのかイメージがつきにくいところがあると思います。ここまでお話ししたとおり、対象とする領域は多種多様で、特定の専門分野にとらわれません。ですから、何かの症状で困っており、地域の医療機関で調べても原因がよく分からなかったという場合はぜひご相談ください。

また、近隣地域の医療機関の方々には、上述したような患者さんを積極的にご紹介いただけると嬉しく思います。当部は単体で診療を行うだけではなく、さまざまな科や施設との橋渡し役となり、病院全体の力を最大限引き出す診療科でもあります。複数の診療科をまたいで診ることが求められるような患者さんがいらっしゃいましたら、いつでも当部へご紹介ください。

岡崎先生ご自身の体調で何か困っていることがあり、かかりつけの医療機関に相談しても原因が分からなかった方は当総合診療部にいらしてください。たとえ複雑な症状でもじっくりとお話を聞き、諦めずに診断の糸口を探していきます。ぜひ、解決策を一緒に見つけていきましょう。

吉田先生「この症状はあまり関係ないかもしれない」「こんなことまで相談するのは気にし過ぎかもしれない」と思われている内容が、実は原因の診断につながる大事なポイントになるケースがあります。そのため、医師に聞きたいことや言っておきたいこと、疑問に思っていることはどうか遠慮せずに伝えていただけると嬉しいです。

鍋島先生今後は総合診療部が福岡大学病院全体を支えていくのだという気概を持って、これまで私たちが取り組んできた内科診断学と救急によりいっそう力を入れて取り組んでいきます。総合診療医の教育にも引き続き取り組み、地域医療機関での外来診療だけではなく、救急症例の診断ができるレベルまでしっかりと指導を行っていきます。将来的には総合診療部という枠を超え、福岡大学病院全体が地域から頼っていただける医療機関になること、さらには地域の医療機関から「福岡大学病院出身の医師は信頼できる」という評価をいただけるように、これからも総合診療部一同で努力していきます。