本記事は、医師・病院と患者をつなぐ医療検索サイト「メディカルノート」に掲載されている内容を転載したものです。
地域全体を見渡してあらゆる健康問題をサポートする
――長崎大学病院総合診療科の取り組み
患者さんが抱えるさまざまな健康問題と向き合う、長崎大学病院の総合診療科。一般的な病気から原因が分からない病気まで診断や治療に幅広く対応するとともに、研究や若手の育成にも尽力してこられました。今回は、同科の教授 前田 隆浩(まえだ たかひろ)先生、准教授 山梨 啓友(やまなし ひろとも)先生に、同院の取り組みや、総合診療科の医師として診療にかける思いなどを伺いました。
総合診療科とは? その特徴について解説
あらゆる健康問題に対処する診療科
前田先生総合診療科の領域は、予防医療、発症した病気の治療(急性期・回復期・慢性期)、在宅医療まで非常に幅広い領域をカバーしています。対応する病気、症状、年齢層も幅広く、明確な枠組みはありません。また、当院をはじめとした大学病院の総合診療科で多様な患者さんの治療を行いますが、必要に応じて臓器別専門の診療科へ患者さんを紹介することもあり、適切な診療の道筋をつける役割も担います。総合診療科は、あらゆる健康問題に対処する診療科といえるでしょう。
総合診療科が提供する医療には、具体的には次のようなものがあります。
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予防医療
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予防接種、生活習慣改善、高齢の方へのCGA (高齢者総合的機能評価)と介護予防、行政との連携 など
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急性期
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多様な疾患の診療、診断困難例・複雑症例への対応、救急対応 など
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回復期
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急性期を過ぎた患者さんへの対応(ポストアキュート)、リハビリテーション、軽症急性期疾患への対応(サブアキュート)、介護・多職種との連携 など
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慢性期
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慢性疾患の管理、リハビリテーション、社会復帰に向けた地域の多職種との連携 など
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在宅医療
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行政や介護など多職種との連携・チーム医療 など
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また、医療機関の規模や背景、ミッション(使命)などによっても、総合診療科が主に診療を行う範疇は少しずつ異なります。
たとえば診療所や小規模病院の総合診療科は、もちろん急性期対応をしますが、ご自宅で療養している方のケアや介護との連携など、患者さんとご家族が中心の医療を提供する役割が大きくなります。プライマリ・ケア∗の範囲となる一般的な病気の対処、学校保健、予防接種、生活習慣病(高血圧症・糖尿病・脂質異常症)のコントロールなども行っています。中規模病院ではさらに救急の初期治療も担い、大規模病院では診断困難例や救急診療を含めた多様な病気の診断や治療に対応します。
当院のような大学病院にいらっしゃる患者さんの多くは、病気の診断がつかない方(診断困難例)です。体のさまざまなところに症状が現れており検査しても原因が分からないなど、ほかの病院では診断がつかなかったことから紹介という形で受診されます。私たちはこうした患者さんに対応し、各分野の臓器別専門医と相談しながら診断をつけていくなど、より正しい方向に治療方針を定めていく役割を担っています。
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- プライマリ・ケア:身近にあって、何でも相談にのってくれる総合的な医療(日本プライマリ・ケア連合学会より)。
包括的な医療を提供する能力が求められる
山梨先生領域を横断して総合的な診療をする科としては、子どもの病気に幅広く対応する小児科なども挙げられます。一方、総合診療科では、内科系の診療が比較的主体になりますが、整形外科疾患や皮膚疾患といった内科にとどまらない領域の診療も必要となることが特徴的です。
中には、診断がつかない難しいケースや、診断がついても根本的な治療法のない病気もありますが、日常生活に支障をきたしている方などを総合的に支えていくことを目標として診療します。そのため、薬物療法や手術療法、緩和ケアの支援、心理的な面のサポート、介護や福祉との連携など、幅広いアプローチで対応しなければならないケースが多々あります。
総合診療科に求められるのは、こうした包括的な医療を提供する能力です。ほかの診療分野と重なり合う部分もありますが、こうしたアプローチや考え方が根底にあることをぜひ知っていただければと思います。
総合診療科はどのようなときに受診するとよいのか
診断が困難な患者さんも多く訪れる大学病院
前田先生当科を受診する患者さんは多くの場合、さまざまな症状や困り事を抱えて来られます。具体的な症状でいうと、たとえば発熱、体の痛み、だるさ、手足のしびれ、睡眠問題など、非常に多彩です。また、他院で精密検査を受けても原因が分からないといった診断困難例、多疾患が併存した複雑症例、あるいは心理社会的な問題も加わった症例が多いのは、大学病院の特徴です。
山梨先生大学病院の役割としては、診療所や小規模病院の一般診療における健康問題の割合と比べて、まれな病気に対応する頻度が高くなります。当院の場合、ほとんどの患者さんが「大学病院でなんとか診断できないか」と、地域の診療所や小規模病院の先生方からの相談、つまり紹介で訪れています。外来だけでなく、入院中の患者さんに原因不明の病態があるといった事情で紹介されてくる場合もあります。
また、特定の病気を多く診ているわけではなく、当院に紹介で来られた外来患者さんの病気をまとめると、さまざまな病気を同じくらいの割合で診療していることが分かります。ほかの診療科だと、たとえば“血液内科はリンパ腫の患者さんが多い”というように、病院における主要な疾患群はDPC(診断群分類)のデータの割合から見て取れますが、総合診療科では“よく診る症状トップ3”のようなものはなく分散しています。
年齢、性別、病気を問わず最初の窓口として利用を
山梨先生総合診療科は基本的に、健康問題に関する最初の相談窓口として利用していただきたいです。患者さんは「この病気はほかの診療科の先生に相談するべきですよね?」と断りを入れながら相談されることもありますが、そういった枠組みは特にありません。専門の診療科にかかったほうがよい病気もありますが、患者さんの想定とは違う病気だったという例も多々あります。
1人の患者さんだけでなく、ご家族の相談事を一緒に伺うことも少なくありません。お子さんや親御さんの病気、介護保険に関する心配事など、1人患者さんがいたらそのご家族も困っていると考えています。ご家族にも健康問題があって、患者さんの受診に付き添うのが難しかったり、介護や治療をサポートできる方が身近にいなかったりしたら、ご家族で一緒に通院していただくこともあります。
年齢、性別、病気の種類を問わず、家族丸ごと診ていくという姿勢を重視しています。
また、診断・治療において特に重要だと考えている点は、診断困難例あるいは複雑症例の診断や治療に慣れている医師に出会うまでの道筋です。専門の医師と患者さんがすぐに出会えればよいのですが、非常に長い旅路となることが多々あります。
そこで私たち総合診療科の医師は、こうした患者さんを的確に評価して、どういう病態があるのか、より専門的な検査が必要かといったことを見極めていきます。専門の診療科や施設と連携して診断・治療を進めたり、研究機関などに問い合わせたりすることもあります。治療経験のない症例を診ることも必ずありますから、自分の持つスキルだけで解決することはないという心づもりで常に診療にあたっています。
このように私たちは、患者さんに寄り添うために求められる基本的な知識・技術をしっかりと身につけ、診断にたどり着くよう努めていますので、どなたでも遠慮なくご相談ください。
長崎大学病院の総合診療科――診療体制について
総合診療科の診療体制とネットワーク
前田先生当院の総合診療科の前身となる総合診療室が作られたのが1998年です。当時、どの診療科に行けばよいのか分からない患者さんは多く、その振り分け部門として内科系診療科が集まって立ち上げられました。そして、1999年に総合診療部が設置され、徐々に診療体制を充実させてまいりました。現在はほかの診療科同様に入院・外来診療を行っており、総合診療科として包括的な医療の提供を行っています。
包括的な医療を提供するためには、院内でしっかりと連携を取っていくことが欠かせません。疾患や病態に応じて臓器別専門診療科との連携は必須ですが、そのほかにも当科で特に関わりが深いのは栄養管理室、リハビリテーション科、精神科リエゾンチーム、緩和ケアセンター、摂食嚥下リハビリテーションセンターなど多岐にわたります。診療以外でも、リハビリテーション科と連携して、身体機能や心身の活力が低下した患者さんを対象に侵襲のない装置で身体機能を正確に評価する研究を行っています。救急から総合診療科に入院してこられる患者さんもいらっしゃるため、救命救急センターとの連携も重要となります。
総合診療科に在籍する専門のスタッフ
前田先生当科には、次のような専門的な知識や技術を持つスタッフも在籍し、協力して治療にあたっています。
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心理的問題のケアなどを担う臨床心理士
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心理的な要因が症状となって現れる病気(身体症状症)は多く、ストレス社会を迎えて問題となっています。身体症状症のある方、元々心的な要因がある方、うつ病や不安症のある方に対応できるよう精神科と連携するとともに、当科には臨床心理士が所属しています。当科の臨床心理士は、心理的問題の対応のみならず、睡眠障害や難病と闘う患者さん、HIV感染症の患者さんのケアを担っています。加えて、患者支援が促進するようコンサルテーションやコミュニケーションフォロー、状況に応じて行政など外部機関とも連携して幅広い活動を行うスタッフです。患者さんの症状に心理的な要因が考えられる場合や臨床心理士の視点が必要になる場合、協力して治療を行っていきます。
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リウマチ・膠原病を専門分野とする医師
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総合診療科において、原因が分からない患者さんの病気を調べていて最後に到達するのが、主にリウマチ・膠原病と血液の病気です。当科にはリウマチ・膠原病を専門とする医師が在席しており、さらに感染症内科と合同でディスカッションできる体制が整っています。
長崎大学病院の総合診療科の取り組み
総合診療科の役割を広く発信
山梨先生医療従事者や医療機関への認知度向上を目的として、当科は次のような取り組みを実践しています。
これは私たちが考える総合診療のイメージです。総合診療科の医師や研修医師が地域を見渡す様子を描いています。
総合診療科の医師の役割とは、建築家や工事現場の監督者のような広い視点を持ち、人々の生活をコーディネートすることです。診療所、病院、在宅、離島など働く場所はさまざまですが、地域全体を見回して困っている方がいればサポートしていきます。病院を受診するのが難しい方、経済的な困難のある方など、さまざまな問題を抱えた方々にもスポットを当ててケアを展開していきます。こうしたイメージを打ち出すことで、総合診療科の役割を広く知っていただければと思います。
総合診療医の教育体制の充実
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未来の総合診療医の育成
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山梨先生2018年4月に新しい専門医制度∗が始まったことから、現在の総合診療の診療実態はこれから新しく作られていく時代にあります。勤務地や診療規模によっても異なりますが、3年間にわたる後期研修を行うなかで、新専門医制度のもとでの達成要件を満たした医師によって総合診療が提供されるようになります。
新専門医制度が始まってからの若い医師たちにとって、習得しなければならない要件はとても多く、これからどのようなスタイルで総合診療科として医療の提供を行っていくのか、自他共に認知されなければならない状況です。
総合的な診療能力を磨くことが大切ですが、当大学だけで研修は完結しません。内科、小児科、救急など複数の医療機関の診療科をローテーションして学んでいく必要があります。院内でも、主治医をはじめとした複数メンバーによるチーム体制で教育を行っています。また、こうした教育の場において、総合診療医に求められる要件を若い世代の先生たちにも伝達することを意識しており、長崎大学でも総合診療についての系統的な講義を行っています。
これからの医療を考えることも重要な課題です。将来的に、総合診療科でまず先に診療を行い、必要に応じて専門の診療科につなぐという体制も必要になってくるかもしれません。そのために、地域の医療を担う人材としてなるべく多くの総合診療医を輩出していくよう努めていきます。
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- 新専門医制度:専門医の質を高めて良質な医療が提供されることを目的とした仕組み。
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感染症内科との連携
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前田先生感染症は、どこの地域やどの医療機関でも診療できるスキルが必要になる領域です。そこで当科は、1959 年に長崎大学熱帯医学研究所が発足して以来50年以上の歴史がある感染症内科と連携することで、感染症診療の知識や技術にも強みを持つ総合診療医の育成に努めています。同研究所はアフリカ、ベトナム、フィリピンなどに海外拠点があり、熱帯病をはじめとする健康問題に関して学びを深めることも可能な体制を整えています。
山梨先生たとえば近年では、新型コロナウイルスが流行し始めた当初の診療指針が整備されていないなかで、各診療科の医師と協力しながら外国籍の患者さんたちの治療にあたりました。呼吸不全や血栓症がある方を航空機に乗せる際の配慮、領事館とのタイアップ、現地でリハビリテーションを行う先生たちとのアクセスなど、さまざまな観点でトラブルを回避しながら患者さんを無事に母国まで搬送しました。このような国や地域の境界を越えたグローバルヘルス(国際保健)も視野に、感染症内科と総合診療科の枠組みを互いにうまく利用しながら診療を行っています。
健康格差(社会的な背景の違いによる健康状態の差)に対する学問体系は、公衆衛生の領域でなければ医療の中で正面から捉えることは通常ありません。しかしそれによって、地域で困っている方が適切なケアを受けにくくなる恐れがあります。そこで、医療健康格差が非常に大きいエリアで勤務経験を持つなど、医師として新しい境地を知ることも重要です。私自身、感染症のアウトブレイク(集団発生)での診療を経験しており、総合診療医としての経験がダイレクトに生かせるとともに、そこでの経験が総合診療科での診療にも生かされることを実感しました。
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スポットが当たらないテーマにも目を向けた研究の実践
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山梨先生総合診療のさらなる発展に向けて当院が今実践しているのは、私たちが基盤になるコミュニティのフィールドにおけるリサーチです。私たちは長崎県の離島において、九州大学の久山町研究∗を参考にした地域ベースでのコホート研究(追跡研究)をはじめとした、さまざまな研究に取り組んでいます。
着眼点としては、一般的にテーマとして扱われることがないケースにも切り込みたいという狙いです。たとえば、高血圧症や糖尿病などの一つひとつの病気と比べて、多疾患併存という複数の健康問題がある患者さんのリスク要因や適した治療方法などはまだはっきりと分かっていません。こうしたテーマでの研究に取り組んでいます。
コモンディジーズ(よくある病気)でもレアディジーズ(希少な病気)でも、スポットが当たらない部分にきちんと目を向けていくことに努めています。
前田先生当院には、日本専門医機構が認定する総合診療専門医∗∗を育成する専門研修プログラム“ながさき総合診療専門研修プログラム”があり、県内の多くの医療機関と協力して若手の医師が充実した地域研修に取り組める体制を整えています。地域を診ることも総合診療医に求められていますが、そのためには疫学や公衆衛生学的な観点から地域を診ていくことが非常に重要になります。長崎大学では疫学研究拠点が長崎県の離島で運営されていますので、総合診療科に在籍しながら先述のようなさまざまな研究に携わり、地域を診るスキルを高めることができる点が特色です。
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- 久山町研究:日本人の脳卒中の実態解明を目的に始まった糟屋郡久山町の住民を対象とする疫学調査。
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- 総合診療専門医:総合診療専門医検討委員会による研修プログラムに参加し、専門医認定試験に合格した者に与えられる資格。
前田 隆浩先生のあゆみと診療にかける思い
“つなぐ医療”が必要だと気が付いた研修医時代
前田先生私は、研修医時代は血液内科の診療に携わっていました。そのとき、抗がん剤による患者さんの体へのダメージや合併症を目の当たりにして、直感的に「専門の診療科だけでは患者さんがよくならない。必要に応じてつなぐ医療が必要だ」と思い、幅広い診療スキルを持ちたいと考えたことが転機となりました。しかし、当時はまだ総合診療科というものがありませんでしたので、さまざまな診療科の門を叩いて幅広い知識と技術を学ぶよう努力していました。この道に進むことを決めたのは、内科を回っていたときに総合診療という言葉を知り、自分の思いとマッチしていると感じたためです。その後、2000年から3年半ほど当科に所属しています。
2004年から長い間、離島・へき地医療学講座や地域医療学分野を担当して、教育や研究、そして診療支援に携わってきましたが、地域医療を担当するようになって現場で総合診療が求められていることを再認識し、2018年、総合診療医を育成するため当院に戻って来ました。総合診療のカバーする分野は幅広く、多職種と連携して患者さん中心の医療を展開できる点が魅力であり、長い目で見て総合診療医の育成は地域の患者さんにとってもハッピーなことだと考えています。
医師として患者さん一人ひとりに寄り添ってきた
前田先生私は長崎県の離島である五島(ごとう)で長く診療しており、20年近く診ている患者さんなど長い付き合いになる方が何人もいらっしゃいます。
ある若い男性が原因不明の発熱で受診してこられたときのことです。病気の原因は真菌(カビ)による肺炎のようだったので、抗真菌薬を使って治療ができたのですが、一時はもう駄目かと思われました。ICU(集中治療室)で気管切開を行い、高濃度酸素を投与して呼吸管理していたとき、3歳くらいの子どもが「お父さんに会いたい」と言って窓ガラス越しに会おうとするのを目にしました。さまざまな治療を検討し、ようやく薬が効いて快方に向かったときのことは忘れません。患者さんは今もお元気で、お孫さんが生まれたと知らせてくれたのは本当に嬉しかったです。
ある全身麻痺の患者さんは、治療やリハビリテーションを拒んでいらっしゃいました。自暴自棄になって乱暴な言葉を使うのでご家族も精神的に参っていたようです。しかし、病院のスタッフなどと接するなかで少しずつ状況を受け入れられたようで、徐々にリハビリテーションに取り組んでいただけるようになりました。
「ビールが主食だ」という生活習慣だった高齢の男性の患者さんとも長い付き合いがありました。調子を崩されてもなんとか持ちこたえて、最期は脳梗塞で亡くなられましたが、味のある方でいまだにお顔を思い出します。
一人ひとりが、思い出深い患者さんたちです。
山梨 啓友先生のあゆみと診療にかける思い
当初から総合診療のスキルを学んできた
山梨先生私は、新専門医制度が始まる前の家庭医療専門医の研修を修了しています。このフィールドに進みたいと思ったきっかけとして、この分野を専門とする先生方との出会いがありました。
まず、大学4年次に訪れた北海道の小さなファミリークリニックの医師から、診療所で患者さんを長く診ていくスタイルのことを“家庭医”というのだと教わりました。大学でクローズアップされることがあまりなかった分野に、そのとき初めて関心を持ったのです。その後、私の医師としてのロールモデルになったのは、ペシャワール会の中村 哲(なかむら てつ)先生をはじめとした、地域の健康問題について生涯にわたって取り組んで来られた先生方です。
専門分野を狭めればより高度な医療を提供できる一方、患者さんへの対応も範囲が狭くなってしまうと感じていた私は、医療をもう少し広い枠組みで捉えて患者さんの生活を含めて支えることを主眼に置きたいと考えました。そこで、公衆衛生や心理社会的な面も含めた生活という視点を先述の先生方から学び、研修に入っていったのです。
治療法がなくなっても最期まで支えたい
山梨先生私が長崎大学に勤め始めた頃、肺の病気を抱えた若い女性の患者さんが入院してこられました。肺に不要な物質がたまって呼吸が難しくなっていく病気です。主な治療方法は、呼吸不全が悪化したときに肺の中の不要な物質を洗い流す肺の洗浄ですが、これは根本的な治療ではなく体への負担も大きいため、その患者さんは肺移植を受けることになりました。術後、免疫抑制剤を使用している方に起こる深在性真菌症という重篤な感染症を発症したものの、一命を取りとめ、それからは外来に通院していらっしゃいました。
それから約10年後のことです。肺の症状が移植した肺にも現れて、患者さんは慢性の呼吸不全をきたしました。当院に入院してこられた際に担当として私が診たときには、深在性真菌症を再発して非常に重篤な状況となっており、すぐにICUでの治療が始まりました。
3~4か月かかりようやく一般病棟に戻ってきた患者さんは、私といろいろな話をするなかで「もう楽にして」とおっしゃいました。これまでは「子どもが小さいから母として生きなくては」と、苦しい治療も頑張ってこられた患者さんがそう口にした理由を、突き詰めて考えなければならないと私は思いました。
患者さんをどのように支えていくかを院内で話し合ったとき、ほかのリハビリテーション病院に転院してはどうかという案も出ていました。しかし、患者さんと相談したうえで、ご自宅に帰っていただくことが決まりました。
そう決断した理由は、患者さんを看取ることも医師としての大事な役割であり、最期までできる限りのことをすべきだと考えたからです。転院されたら患者さんは私たちの手を離れますが、それでは問題は解決しません。また、在宅では十分な治療が可能なのかと不安に思われる方もいらっしゃるかと思いますが、呼吸管理や免疫抑制剤の調整、酸素の治療など、病院と連携しながらサポートができることは分かっていました。さらに、ご家族もご本人にほとんど会えていないことも踏まえた判断でした。
それから患者さんはご家族と一緒に数か月を過ごし、ご家族に見守られながら亡くなられました。患者さんがあのとき「もう楽にして」とおっしゃったのは、「母としての役目は果たした」という思いがあったからなのかもしれません。
患者さんの言葉の裏にある真意は汲み取り切れない部分もありますが、望まれている医療を推察し、ご自宅に帰っていただく決断ができたことは、医師としてよかったのだと思っています。
読者の方へのメッセージ
前田先生近年、総合診療医や家庭医のトレーニングスタイルが確立され、学生時代から“患者さん一人ひとりを大切にしていく”という教育がなされてきています。さらに、医師と一緒になって医療とケアを行うスタッフの職種も増え、患者さんの多様なニーズに対応できる体制が整ってきました。困っている病気のことや、どういう風に生活していきたいかなど、いろいろな相談が可能です。総合診療科の幅広い機能を知ってもらい、利用して解決の糸口にしていただければと思います。
山梨先生病気に関して、患者さんやご家族がどうしたらよいのか分からないという場面はあるかと思いますし、医師であっても判断を迷うことはあります。そういうときに相談できる“よろず相談”のような場が、総合診療科の役割の1つです。
医療というと難しく考えがちですが、根底にあるのは患者さんと医療者、人と人との付き合いです。まずは、何でも相談できる総合診療科という科があることを知っていただければ嬉しく思います。