急性腹症に潜むAHP 病院総合診療医の取り組み事例

本記事は、医師・病院と患者をつなぐ医療検索サイト「メディカルノート」に掲載されている内容を転載したものです。

24時間365日、困ったときに頼れる存在であるように

――日本医科大学付属病院 救急・総合診療センター

安武 正弘先生
安武 正弘先生のお写真

“総合診療科”は、なかなか診断がつかない症状に悩んでいる、同時に多くの症状を抱えている、どの診療科を受診すべきか分からないといった場合に、相談窓口となる診療科目です。今回は、日本医科大学付属病院 救急・総合診療センター 部長の安武 正弘(やすたけ まさひろ)先生に、総合診療を実践する同センターが担う役割や取り組み、総合診療に携わる医師としての思いについてお話を伺いました。

日本医科大学付属病院 救急・総合診療センターの特徴

救急診療や総合診療が必要な患者さんに医療を提供

日本医科大学付属病院
日本医科大学付属病院 外観の写真

当院の救急・総合診療センターは、外傷をはじめとした急を要する外科系の病気を担当する救急診療科と、腹痛、発熱、めまいなどを主訴とする内科系の病気を主に担当する総合診療科という2つの診療科で構成されています。

救急診療は、患者さんの症状に応じた適切な医療を提供できるよう1次から3次まで段階ごとに分けられており、それぞれ異なるはたらきが求められます。当院では、一刻を争う重症の患者さんの受け入れを行う3次救急については、院内に併設されている高度救命救急センターが対応しています。当センターが担っているのは、1次・2次救急という比較的軽症の救急患者さんの受け入れです。たとえば遊んでいて鉄棒から落ちた、自転車で転倒したといった外傷をはじめ、激しい腹痛や突然発症した頭痛などの病気を診ています。

一方、熱が下がらない、倦怠感が続く、何となくずっと調子が悪いといった、どこの診療科に相談したらよいか分からない慢性的な症状や、なかなか診断がつかずに困っているような内科系の病気の場合は総合診療科が担当です。高齢の患者さんは特に、同時にいくつもの症状を抱えていることも多いため、受診すべき診療科を絞ることが難しいケースもあるでしょう。そういった場合も、まず総合診療科で初期診療を行います。

主訴:患者さんが自覚的に訴える症状のうち中心的なもの。

地域の医療機関における相談役としても活躍

当センターは、患者さんだけでなく地域の開業医の先生方にも頼っていただける、どんなケースにも対応できるような診療部門を作りたいという理念に基づき立ち上げられました。コモンディジーズ(日常的によくある病気)は地域の先生方がまず診療することが多いですが、検査をしたものの原因が分からないなど、困ったときはぜひ私たちに相談していただきたいと思っています。

たとえば、症状の原因が分からない場合などで紹介されてきた患者さんについて、まずは詳しく問診をして診断に結びつけていく必要があることから、患者さん一人ひとりにじっくりとお話を伺い、必要に応じて検査を実施します。診断がついたら、治療まで行える場合は当センターで治療を行い、専門の診療科での治療が必要な場合には専門領域につなぎます。地域の医療機関で対応が難しい患者さんを診ることは、高度医療の提供という役割を担う大学病院として、とてもやりがいのあることです。

地域の医療機関との緊密な連携を図り、難しい症例を診断したり適した診療科を紹介したりする役割を果たすことで、私たちは患者さんにとっても地域の先生方にとっても、困ったときに頼りになる存在でありたいと考えています。

緊急性の高い病気を見逃さず速やかな診療へとつなぐために

初診時の緊急度判定(トリアージ)の導入

JTAS(緊急度判定支援システム)を用いたトリアージ
JTAS(緊急度判定支援システム)を用いたトリアージ

救急・総合診療センターを受診される患者さんには、救急車で運ばれて来る方とご自身で歩いて来院される方がいらっしゃいます。どの患者さんに対してもまず行うのは、緊急度を判定するトリアージです。救急車で運ばれて来た場合には医師と看護師で同時に駆けつけトリアージを行う場合もありますが、まず看護師がバイタルサイン(意識状態・脈拍・呼吸・体温・血圧)などを確認し、緊急度1~5に分類するトリアージを行ってから医師へとつなぎ診察に入るというのが基本的な流れです。

もっとも緊急度の高いレベル1は蘇生が必要な状態です。心臓に原因があると考えられる胸痛、激しい頭痛、腹痛などはレベル2の判定となり15分以内に医師の診察が必要です。同じ頭痛でも慢性の頭痛の場合は、レベル3ないしは4の判定となり緊急度が下がります。軽度のアレルギー反応や縫合の必要がない外傷などは緊急度の低いレベル5となります。レベル2の患者さんはレベル4の患者さんよりも先に医師の診察に回すというように緊急度によって診察順を決め、どの医師が診るかという整理もしていくわけです。

また、新型コロナウイルスやノロウイルスなどの感染が疑われる場合には、まず一般の患者さんから隔離を行ったうえで診療に入らなければなりません。血痰、咳、発熱、下痢といった症状の有無を確認し、トリアージのほか隔離の判断や準備も看護師が行います。そして、医師が診察や検査を実施し各診療科へとつないでいきます。

患者さんを取りこぼすことがないよう専門各科と連携

当院では初診の患者さんは、ほぼ救急・総合診療センターが診ます。当院の内科系の診療科をかかりつけにしている患者さんの調子が悪くなったときは、その科の医師がまず診ることになっていますが、内科系以外の診療科にかかっている患者さんに新しい症状が起こった場合には、当センターで対応するようにしています。そして、診察を行ってから専門の診療科への橋渡しを行うのです。

また、当院の特徴の1つは、全ての診療科で医師が当直を行っているということです(2022年7月時点)。患者さんの主訴として多い腹痛を例に挙げると、原因となる病気がさまざまで、特に女性の場合は婦人科の病気の可能性も考えられますので、内科系の医師だけでは対応が難しいこともあります。当院では女性診療科・産科の医師も当直していますから、救急・総合診療センターで受け入れた後、婦人科の病気による腹痛だと判明したら女性診療科・産科に速やかにつなぐことができます。さらに、高度救命救急センターとも連携し、どのような症状の患者さんも可能な限り取りこぼすことなく受け入れるように努めています。

隠れた病気を突き止めるためのポイントとは

救急・総合診療センター 治療風景
救急・総合診療センター 治療風景の写真

腹痛の臨床は、『急性腹症診療ガイドライン2015』に準じて行われています。先述した腹痛を訴える女性の患者さんの例でいうと、病歴、採血・採尿の結果、腹部超音波検査やCT検査などの画像診断によって腹腔内の病気でないと思われる場合に、当センターから女性診療科・産科へのコンサルトとなります。一方、生理痛などであれば、鎮痛薬を処方して帰宅となる場合もあります。

このほかにも、腹痛を訴えて受診された方でお腹以外の病気が原因だったというケースは珍しくはありません。診療ガイドラインでは、まず心筋梗塞など即時に治療が必要な血管イベント(血管系の病気)の可能性を除外することから始めるようにと記載されています。糖尿病の増悪時にみられる糖尿病性ケトアシドーシス、アルコール多飲者に生じるアルコール性ケトアシドーシスなどの病気では腹痛を示すことがあり、当センターでも年に1~2例は経験します。ポルフィリン症というまれな病気でも腹痛が生じることがあります。なお、このようなケースでも、CT検査などの画像診断で腹部には原因がないと評価することは必要です。

コンサルト:専門の医師の意見を聞いたり助言を求めたりすること。

診断や治療の円滑化を図る救急・総合診療センターの取り組み

幅広い視点を持つ医療チームの創設

救急・総合診療センターの体制づくり自体は、2008年10月にスタートしました。救急や初診の患者さんをさらに効率よく受け入れるため、付属病院の一角に試験的に始動したのです。最初は医師2~3人、看護師2~3人という細々とした体制でした。

2013年4月には、日本医科大学大学院の健康社会予防医学領域に総合医療・健康科学分野が新たに開設され、全人的視点(特定の臓器に限定せず心理・社会的側面なども含めて幅広く考慮すること)をもって教育・研究を担う組織に昇格し、学生や研修医の教育も行うようになりました。当センターとして入院病棟をもって24時間365日体制でフル稼働するようになったのは2014年8月からです。

先に述べたように、当センターに来院されるのは外傷の患者さんが多く、そのほか呼吸器系の病気、消化器系の病気、循環器系・心臓の病気などが挙げられます。そのため、総合診療科には日本内科学会認定 総合内科専門医のほか、消化器・肝臓内科、呼吸器内科、循環器内科の医師などが勤務しています。救急診療科には、日本救急医学会認定 救急科専門医をはじめ、形成外科、消化器外科から医師を派遣してもらいチームを作っています。さらに、当センターには原因不明の発熱を訴えて受診される患者さんも多いのですが、こうした患者さんの中には、精密検査で血液のがんである悪性リンパ腫などが見つかる方もいらっしゃいます。そのため、内科系のスタッフの中には、血液内科を専門とする医師も所属しています(2022年7月時点)。

診断の難しい症状も、複数の可能性の中から診察・検査結果を基に正しい診断を導き出し、一人ひとりに合った治療へとつなげていけるよう努めています。

24時間365日体制を実現するシステムの構築

救急・総合診療センター 院内風景
救急・総合診療センター 院内風景の写真

日本医科大学付属病院では、各診療科で日中・夜間それぞれ外来の担当責任医師を決めています。当センターからほかの診療科に患者さんを紹介する必要が生じた場合には、その責任医師に連絡を入れて引き継ぐ、あるいは相談に乗ってもらうというルールができているため連携もスムーズです。

夜間の救急の受け入れに関しては、各科の手術や入院の対応可能状況が確認できる端末を置いており、当センターと高度救命救急センターでリアルタイムに把握できるようにしています。たとえば、消化器外科で手術が開始されたら、消化器外科は“オペ中”、オペ室の利用も“×”と端末に表示され、“○”であれば対応が可能です。その情報をもとに救急患者さんを受け入れるかどうかの判断を当センターで行い、救急隊や東京消防庁に速やかに返答します。こうして、近くの方はもちろん遠くの患者さんでも受け入れ先がなかなか見つからない場合に、可能な限り受け入れられるような体制を整えています。

また、当センターでは、専修医のローテーションのシステムを導入しています。このシステムは、2014年7月から始まりました。

医学部を卒業した医師は、専攻を決める前に、臨床での幅広い経験を積むため複数の診療科を回って研修を受けます(医師臨床研修制度)。日本医科大学付属病院の臨床研修プログラムにおいてはその間に、当センターで総合診療と救急診療を学ぶことになっています。そして、2年間の臨床研修を終えた後、各診療科に専修医として入局し、その後1年以内に全ての専修医が当センターに1か月間配属されます。こうして臨床研修の段階から総合診療や救急診療に幅広く対応できるような医師を育てるとともに、貴重な若手の戦力となる専修医がローテーションすることで24時間365日体制を支える仕組みを作ったのです。

当センターは創設当初から病院をあげてサポートしようという姿勢で始まりましたので、チームとしてもうまくまとまっていると感じています。

総合診療医が大切にする医師の基本姿勢とは? 安武先生のあゆみ

「総合的に診療できる医師でありたい」という思いが原点

私の実家は代々開業医をしていました。曾祖父、祖父、父も医師でしたし、親戚にも開業医が多い環境で育ったので、「将来は医師になりたい」と自ずと考えるようになりました。父は、内科と小児科の診療に加え往診も行う、地域に密着した総合診療を行っていましたので、私も父のような開業医になろうと思っていたのです。

将来的には地元に戻って開業医になろうと考え、何でも総合的に診られる医師になれるよう幅広く学ぼうと内科に進むことを選択しました。臨床研修でいろいろな内科を回るなか、尊敬する先生方や先輩方との出逢いを通じ、内科の中でも循環器内科を中心に診療する第一内科に入局を決めたのです。循環器内科医を目指すのであれば、まず内科医として何でも診られる医師でなければならないと教育されました。

その後、医師としての節目の時期は何度かあったのですが、父が実家の医院を続けていたので地元に戻ることはなく、循環器内科の医師としてそのまま勤務していました。そして、2013年4月、日本医科大学の組織再編で総合医療・健康科学分野が新たに開設されることとなり、この立ち上げに関わることにしたのです。原点に立ち返り、総合診療に携わることに魅力を感じたためです。実家の医院を継ぎ開業医として総合診療に従事する道、大学病院で総合医療・健康科学に関わるという道、2つの選択肢があったなか、当院で総合診療を行う道を選んだのです。

いつでも患者さんに寄り添う姿勢を忘れない

総合診療医として大切にしていることは、まず患者さんにきちんと寄り添うということです。いろいろな患者さんがいらっしゃいますが、全ての患者さんに共通していえることは、困っているから来院されたのだということです。夜中の2時に来院される患者さんに対して「なぜ朝まで待てないの?」と考えるのではなく、「この患者さんは、今の時間まで症状をずっと我慢していたけれど、やはり不安になってこの時間に来院したのかもしれない」というように、患者さんに寄り添った考え方ができるかどうかが大切です。父の姿を見て育ち、「なぜそこまで患者さんに寄り添えるのだろう」と思うこともありました。しかし、やはり「患者さんに寄り添って手助けしたい」という思いは、医師としての基本です。その基本を忘れないようにしたいと、最近はつくづく思うようになりました。

患者さんに寄り添うという基本を実践するためには、身体的にも精神的にも自分自身が健全である必要があります。自分自身に余裕がないと人に寄り添うことはできません。昼でも夜でも、いつも同じ質の医療を提供できるよう肉体的、精神的な健全性を保っていきたいと思います。自分が常にパフォーマンスをしっかり発揮できる状態を保つように心がけています。

優れた医師を育てる環境づくりに尽力

当院が発展していくためにも、今後さらに若い仲間に増えて欲しいと考えています。また、大学病院ですから研究にも力を入れていきたいと思います。総合医療・健康科学は研究の題材が多く、さまざまなことに取り組める分野です。新しいことを研究し発表できるような雰囲気も作っていきたいと思います。まだ自身の方向性がみえないという若手の医師や、将来的に地元で開業医を目指しているという医師にも学んでいってもらいたいと考えています。当センターは、働きやすく居心地のよい環境を整えるように努め、産休や育休でキャリアを中断した方も再開しやすい診療部門になるよう目指しています。

安武先生からのメッセージ

緊急のけがや症状で困ったときは、いつでも当院の救急・総合診療センターにご相談ください。24時間365日、1次救急・2次救急の受け入れを行っています。また、検査したものの診断がつかずに困っているなど、気になることがあるという方もぜひご相談いただきたいと思います。