急性腹症に潜むAHP 病院総合診療医の取り組み事例

本記事は、医師・病院と患者をつなぐ医療検索サイト「メディカルノート」に掲載されている内容を転載したものです。

患者さんの良き相談相手となる総合診療科の未来を切り拓く

――佐賀大学医学部附属病院 総合診療部の取り組み

多胡 雅毅先生
多胡 雅毅先生のお写真

佐賀大学医学部附属病院の総合診療部は、1986年、日本で初めて国立大学の総合診療部門として設置され、外来診療だけではなく入院診療も積極的に行ってきました。地域医療をよりよいものへと導くため、日常の診療にとどまらず研究や若手の育成に力をいれている同院総合診療部 准教授の多胡 雅毅(たご まさき)先生に、総合診療に対する思いや患者さんに向けたメッセージを伺いました。

佐賀大学医学部附属病院 総合診療部の特徴――患者さんの良き相談相手として

24時間365日、予約・紹介状なしでも総合外来で診察

佐賀大学医学部附属病院 外観
佐賀大学医学部附属病院 外観の写真

国立大学病院に初めて設置された佐賀大学医学部附属病院の総合診療部は、病院の相談窓口として24時間365日、外来診療を行っているのが特徴です。

日中は、総合外来で予約や紹介状のない患者さんを含め、初診や再診を受け付けています。主に受診されているのは、どの診療科を受診すればよいか分からない、症状があっても診断がついていない、現状の治療に満足されていないなどの悩みを持つ患者さんです。かかりつけ医から当科宛の紹介状をもらって来院される方もいらっしゃいます。また、検診で指摘を受けた方や、臓器に問題はなくても心理的・社会的な問題を抱える方も受診されています。

夜間は電話で事前に連絡をいただいたうえで、初診の患者さんや総合診療部にかかりつけの患者さんの対応を行っています。救急や他の診療科からのコンサルテーションや、夜勤にあたっている経験の浅い医師、普段患者さんを全身的に診ることの少ない医師からの相談を受けることもあります。

大学病院を受診するのはハードルが高いと思われるかもしれませんが、当院の総合診療部は設立当初から“患者さん一人ひとりにとっての良き相談相手”となることを目指しています。困ったときにはぜひ受診いただければと思います。

入院診療も積極的に行う

総合診療部は入院診療も積極的に行っており、地域の中でも特に重症の急性期疾患の患者さんの受け皿としての役割を果たしています。専門の診療科に振り分けるための診断だけではなく、さまざまな病気の集中管理・全身管理を行っており、患者さんの大半は他の診療科に移ることなく総合診療部から退院されています。

対象となる病気は呼吸器、循環器の病気から感染症、電解質異常、内分泌疾患などさまざまで、原因の精査も含めて対応します。原因不明の発熱がある患者さんを診ることも多く、発熱の原因は感染症の他に、膠原病や自己免疫疾患、血管炎、リウマチ、悪性腫瘍などがあります。他にも、誤嚥性肺炎や高血圧症により心不全を起こしている高齢の方など、必ずしも高度で専門的な治療が必要ではない患者さんや、複数の病気をお持ちで複雑な治療が必要な患者さんが入院することもあります。

また大学病院の総合診療部に入院する患者さんは重症の方が多く、ICU(集中治療室)に入る方や、高度救命救急センターから総合診療部に入院する方も少なくありません。

窓口・土台として大学病院を支える

総合診療部は大学病院の窓口・土台として病院の運営を支えることが求められています。たとえばコロナ禍においては院内で感染を拡大させないよう、病院入口で検温を行っていますが、発熱してかぜのような症状がある方が来院された場合、全て呼吸器科の医師に診てもらうと専門外来の診療が滞ってしまいます。そこで総合診療部の医師が、まず病歴を確認したり、必要な検査をしたりして判断し、必要に応じて専門外来につなげる“ゲートキーパー”の役割をしています。

佐賀大学医学部附属病院は佐賀県で唯一の大学病院ですので、高度救急医療を滞りなく提供することが最重要課題です。総合診療医は高度救急医療を直接行うわけではありませんが、救急部門をサポートし、専門の診療科による診療が円滑に進められるようにサポートするなど、病院の土台としてオールマイティーな働きが求められます。

地域総合診療センターとの連携

佐賀大学医学部附属病院は、地域医療に貢献するべく、大学の附属機関として地域総合診療センターを2つ有しています(佐賀市立富士大和温泉病院内、独立行政法人国立病院機構嬉野医療センター内)。地域の病院との連携を図り、急性期から回復期への移行をスムーズするための取り組みです。

それぞれの病院に経験を積んだ指導医と若手の専攻医を派遣し、臨床の現場でトレーニングをしています。さらに、大学教員が訪問して指導するvisit teachingを行っています。visit teachingはアカデミックな指導も行いますが、地域の病院でお困りの患者さんや、診断がつかない患者さんのフォローも行います。そこで経験した珍しい症例を学会で発表することや、地域の病院の患者さんのデータを用いて臨床研究を行うことで、大学病院と地域医療のつながりができています。

外来受診したときの流れと、患者さんへのアドバイス

外来診療の様子 ※新型コロナウイルス感染拡大前の写真です
外来診療の様子(新型コロナウイルス感染拡大前)写真

総合外来では、まずは看護師や医学生による予診の後、総合診療医が診察します。医師の診察はその大部分を病歴の聴き取りと身体診察に割いており、診察をもとに必要な検査を行って診断します。その後、必要に応じて専門の診療科を紹介することもあれば、引き続き総合診療部で治療を行う場合もあります。症状が安定してからは、地域のかかりつけ医を受診するようにすすめます。

正確な診断を目指すために――患者さんに意識してほしいこと

実際に診察を受けられる患者さんに強くお伝えしたいのは“検査を求めて受診しないこと”、“関係ないと思わずに病状を全て伝えること”の2点です。

“大学病院は高度な検査をするところ”というイメージをお持ちの患者さんも多くいらっしゃると思いますが、重要なのは検査をする前の問診と身体診察です。しっかりと診察を行ったうえでの適切な検査が、正しい診断につながります。余分な検査は誤った診断につながりますし、検査は放射線の被ばく、薬剤投与、針を刺すなど体の負担になる面もあるため、慎重に行う必要があるのです。

そして、医師は正しい診断をつけるためにさまざまな質問をしますので、正直にお答えいただき、気になる症状は関係ないと思わずに全て教えてください。せっかく病院に来ているのですから、些細なことでもお話しくださると正確な診断につながります。

腹痛の症状があった場合の問診例

診察の時間は無限ではありませんので、医師は頭の中で考えられる病気を想定しながら、順に質問をしています。たとえば、腹痛を訴えて受診された患者さんの問診では、下記のような内容を順に尋ねていきます。

  • 突然起こった症状かどうか(痛くなった瞬間が思い出せるか)
  • 急性か慢性か(分、時間、日、週、月単位か)
  • 痛む部位について(全体か、一部か、どれくらいの広さか、部位が変化したか)
  • 痛み方について(疝痛(刺し込まれるような痛み)、鈍痛、鋭い痛み、表面か深い痛みか)
  • 熱があるか
  • 便通の状況(便秘があるかどうか)、便の性状(下痢、軟便、血便、黒色便)について

腹痛はよくある症状ですが、診断が難しい症状の1つでもあります。腹痛を訴えて受診され、希少疾患が見つかることもあります。たとえば当院では、遺伝性血管性浮腫を診断した症例が多くあります。何度も体の一部が腫れたことがあるという病歴、気管切開が必要となったことがあるという病歴、さらに家族の病歴などを詳しく教えていただくことで、遺伝性血管性浮腫を疑うことができたのです。遺伝性血管性浮腫は診断に必要な検査を行うことで確定できますが、診断がつかないと治療がとても難しい病気です。また、検査が不十分な場合は他の病気と間違えてしまうこともあります。

他にも受診理由ではないので関係ないと思っている症状から、思わぬ病気が見つかることもあります。恥ずかしがらず、また関係ないだろうと自分で判断せずに、医師の質問には正直にお答えいただければと思います。

遺伝性血管性浮腫:急に皮膚や粘膜が腫れたりむくんだりする病気。皮膚や消化管に起こりやすく、腸が腫れると強い腹痛を起こすことがある。

患者さんに「大丈夫」と伝えることも役割

正確な診断を目指す総合診療部
正確な診断を目指す総合診療部の写真

総合診療医は患者さんに信頼していただくことを大切にしています。同じ診断結果を聞くにしても、どの医師にどう伝えられるかはとても重要です。受診される患者さんの中には、長年悩んでいる症状があっても器質的には問題がない場合もあります。そのような場合も、診察で詳しくお話を聞き、心配を解消するために適切な検査をして、結果を一緒に確認していきます。異常があればさらに詳しく調べていきますし、問題がなければ医師として「心配しなくて大丈夫ですよ」と患者さんに伝えます。病気を見逃さない技術はもちろん大切ですが、問題がない患者さんには「大丈夫」と伝えることも、医師の役割として大切だと考えています。

病院の土台として、他科との連携を行う

全ての医師が全ての患者さんの全身を診られるように

総合診療部の医師は全員が同じレベルで、同じように全身の病気の診断や治療を行うように努めています。また全員が総合内科専門医*、総合診療専門医**、日本病院総合診療医学会専門医、日本プライマリ・ケア連合学会認定医などの資格の取得を目指しています。専門性に偏るのではなく、全員がジェネラルに診療できるのが当科の強みです。そして、総合診療医はしっかりと話を聞いてくれる親切な人が多いのも特徴だと思います。

総合内科専門医:日本内科学会による研修プログラムに参加し、専門医認定試験に合格した者に与えられる資格。
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総合診療専門医:日本専門医機構 総合診療専門医検討委員会による研修プログラムに参加し、専門医認定試験に合格したものに与えられる資格。

他科とのコミュニケーションも活発に行う

総合診療部では、化学療法や手術、血管内治療などの専門に特化した治療は行いません。たとえば、がんに関しては診断までが主な役割で、その後は専門の診療科に任せます。一方で、感染症や複数の病気を抱える患者さんの治療は、他科の医師からアドバイスを受けながら総合診療部が行います。整形外科で感染症を合併した患者さん、手術適応ではない感染性心内膜炎の患者さん、入院中に原因不明の発熱を起こした患者さんなど、専門の診療科でその領域以外の対応が必要な場合も総合診療部が担当します。

時には他科の医師と総合診療医で治療方針が異なることもありますが、意見交換をしながら、患者さんにとってよりよい治療になるよう努めています。実際に病院内では他科とのコミュニケーションも活発で、良い関係が築けています。

そして救急科と連携し、救急車が立て込んでいる場合のサポートや、新型コロナウイルス感染症の入院診療のサポートも行っています。しかし、私は総合診療と救急は別物と考えています。総合診療医の役割は地域の患者さんに寄り添い、患者さんに近い立場で診療しながら、大学病院の高度な医療の土台を守ることです。総合診療医が救急に重きを置くと、その役割が行き届かなくなりますので、連携は大事にしながら、それぞれの役割を見失わないよう業務にあたっています。

多胡先生の総合診療にかける思い

相手の立場になって考えるスキルが大切

総合診療部のスタッフと多胡先生
総合診療部のスタッフと多胡先生の写真

総合診療医として一番大切なのは、相手の立場になって考えるなどの社会的なスキルだと思います。医師は忙しいほど、看護師などの仲間へのコミュニケーションや配慮が行き届かなくなるので、一緒に働く仲間が仕事に対する満足感を持てるようなコミュニケーションや環境づくりが大切です。それにより、患者さんやご家族に信頼してもらえる診療につながると思います。

そして、診療においては“病気ではなく人を診ること”も大事だと思います。専門的な治療を行う大学病院の中に、断らずに全身を診る総合診療部が存在することが、患者さんが安心できる医療提供につながると考えています。全身を診る医者でい続けられるよう、自己研鑽も欠かせません。

診療・研究・教育に優れた“アカデミックホスピタリスト”の育成

総合診療部では“人”を対象とした臨床研究に力を入れており、年間20~30本の英語論文を発表しています。総合診療では、患者さんの病気の診断や医療の質にダイレクトに役立つエビデンスを出せるのが強みです。現在私は“腹痛患者の部位と診断に関する研究”、“入院患者の転倒転落予測に関する研究”、“日常生活自立度(寝たきり度と認知度)の客観性の検証”、“救急搬送された高齢者の予後予測”など、多岐にわたるテーマの臨床研究を行っています。

このように臨床での診療と研究を両立し、さらに教育もできる人材である“アカデミックホスピタリスト”を育成し、診療や臨床研究を重ねることで、地域医療への貢献につながると考えます。

総合診療の未来を切り拓く活動――病院のリーダーとなる総合診療医を目指して

総合診療医はこれまで専門医制度がなく、またロールモデルとなる先輩も見つけにくく苦労する医師が多いことが課題でした。私が入局したときにも、“総合診療とは何か?”については明確に定義されていないと感じていました。そのような状況の中、同じ考えを持つ6人の総合診療医が集い、総合診療の目指すべき未来を考えるグループ、“JUGLER(Japan University General medicine Leadership and Education Roundtable:日本大学総合医療リーダーシップ・教育円卓会議)”を結成しました。理想の病院総合診療医像を明確にすることを目的に活動しており、総合診療医に必要なスキルをコアモジュールとしてまとめました。

その延長線上で“病院総合診療専門医プログラム”の作成にも携わりました。“病院総合診療専門医プログラム”の重要なポイントは2つあります。1つ目は、総合診療医として“目指す医師像”を10項目にして掲げた点です。この10項目の中には“どのような疾患、どのような病態の患者でも診察する” “救急医療も行う” “未診断患者に対する速やかな診断”などが含まれます。もう1つは、プログラムの中に総合診療医として“身につけるべき能力”を明示したことです。このプログラムに基づいて実践していくことで、どの病院の総合診療部門にいても、偏りのない総合診療医を目指すことができます。

また現在、総合診療で問題となっているのは、30~40歳代の中堅のリーダーの不在です。“病院総合診療専門医プログラム”に明示した総合診療医が身につけるべき能力は、診療とそれ以外のスキルで半分ずつに分かれています。診療以外のスキルの中には、マルチタスクをこなす能力、組織運営、マネジメント、リーダーシップ、研究、教育があります。病院の土台を支え円滑に運営できる、病院内の診療科同士や病院同士の横の関係をつなげて最大限の成果を出せる、さらにハイレベルな研究と教育を実践できる、そのような次世代のリーダーとなりうるアカデミックホスピタリストの育成を進めることができるプログラムとなっています。

これまで総合診療部門が病院内での立ち位置を確立するには時間を要し、さまざまな課題をクリアする必要があるといわれていました。しかし現在は専門医制度も完成し、若い医師たちが安心してこの領域に飛び込み、一緒に地域の患者さんのために医療に貢献してくれることを願っています。

多胡先生から患者さんへメッセージ

佐賀大学医学部附属病院総合診療部では、佐賀県の地域医療をよりよいものとするため、地域総合診療センターを設置し、数多くの総合診療医を育成してきました。その医師たちが地域、大学病院で活躍し、立派に地域医療を支えています。今後も総合診療医を増やし、安心できる地域医療を作ってまいります。

そして大学病院の総合外来には、かかりつけ医(1人の患者さんを長期的に継続して診療する)の機能はありませんが、患者さんの良き相談相手となり、問題を共に解決できる姿勢を重視して診療を行っています。なかなか解決しない症状、急に発症した病気など、困ったことがあればいつでもご相談ください。